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日本語の心−ことばの原風景をたずねて 呉善花 定価(本体1429円+税)



呉善花が語る日本語のロマンとは……

そもそも、著者はなぜ日本語に興味を持ったのだろう?

1 来日して文化や言葉の違いに悩み、日本語を研究する中で、日本語にはとてつもなく古い記憶が染み込んでいることを感じた。

2 古い記憶とは、自然と一体だった時代の自然観のなごりが、日本語の中にはあるという。

たとえば風という言葉。
「風光る」「風薫る」「秋の風」「木枯らし」など風に季節の表情を語らす。

これは、春夏秋冬が柔らかに循環する日本の風土が、人々の自然への感受性を鋭くし、自然描写の言葉で自在に内面の心を語るようになっていったからだという。

また、著者は次のような体験を語る。

山間の小径を歩いている時、老女が道端の一輪の花に「頑張ってね」と話しかけていた。若い女性は「風と話をしてきた」という。幼稚園の先生が子供に「象さん、花さん」と動植物をさん付けで話をしている。

これは単なる感情移入ではなく、ごく日常的なレベルで無作為に擬人化が行われているからではないかという。
「自然が言葉を話すという意識は、自然信仰の意識とは異なる。信仰以前の、上も下もない同じ仲間とする意識だと言ってよいだろう。この意識の痕跡が、日本ではさまざまな場面に感じられる。」著者はこのことに、深い驚きと感動を憶えたという。

心に湧き起こった感動が自然に言葉となって口をついて出る。主と客を分離しない、自然と一体となった生き方そのものが言葉になり、言葉は高い精神性をはらんでいることを確信した。

3 そこに、日本人の精神と「もの・こと」の発想の原点をみる思いがした、と語っている。

本書はたとえば、「コトワザの楽しみ」という章では、日韓のコトワザを対比しながら、その微妙な違いを紹介している。



因みに「風」という言葉。
韓国では、良くない出来事の予兆として用いる言葉だそうだ。風に季節の移ろいを語らせる日本人とは大きな違いだ。日韓の言葉の似て非なる点にも、興味がわく。


日本語の成り立ちを、自然と一体として生きていた古人の自然観から捉えた、著者の感性と、古人の感性とが呼応し合い生まれた、個性豊かな日本語論。

あらためて、日本語の魅力と美しさを再発見できる。本書は、もう一つの呉善花の世界を堪能させてくれる。是非、ご一読を。



ケータイからも購入できます。


 なお、『日本オリジナルへの旅ー伝統技芸の現場を訪ねて』(呉善花著H17.1月刊)も併読していただけると、さらに“呉善花の世界”の奥深さに触れることが出来るのではないだろうか。